3月に刊行された『負債の網』について、書評をいたします。



【内容紹介】
 経済危機と格差社会はどうして生まれるのか?私たちはどうしてお金にふりまわされ、お金に縛られてしまうのか?
 お金のヒミツを解き明かし、そこから自由になる方法を提示する本格的な「お金の思想書」。
利子付き負債のお金システムを超えるすべての方法を検証し、政府通貨、ヘリコプターマネー、ベーシックインカム、地域通貨、公共銀行、無税国家など通貨改革の基本的視座を再検討する。
 「オズの魔法使い」という寓話の意味からケインズやマルクス、ハイエクを超える視点を読者にもたらす。
 私たちの通貨制度に関する思い込みは間違っている。
 私たちの通貨はすべて、硬貨を除き、「民営」連邦準備制度を含む民営銀行機関が拡張する融資という形で発行されている。諸銀行は元金だけを発行し、融資の利息を支払うための追加の通貨は発行しない。
利息分のお金を調達するためには新たな融資を際限なく受ける必要があり、こうしてマネーサプライが拡張され、物価が膨張し、あなたの通貨の本来の価値が強奪される。
 『負債の網』はこの詐術を丁寧に解きほぐし、私たちが今直面している金融の闇を明解に描き出している。
 その上で、米国において最も優れた経済思想に根ざした代替案が提示されてもいる。個人や国家の金融安全保障にご興味のある方は必読の一冊である。

 読者は、映画『マトリックス』の無知と欺瞞という眠りから醒めた救世主ネオになったような感覚をおぼえるだろう「アメリカン・フリープレス」
 ケインズ派やオーストリア学派とならんで、近代経済思想にブラウン派という独立した学派を打ち立てても良いほどだ「デイリー・ベル」
『負債の網』は、国民から金融の生き血を吸い取る営利銀行制度にわが国が依拠しているという危険な現状をのりこえるための、刺激的かつ現実的な解決策を提供している「バズフラッシュ」


 『負債の網』は索引まで含めると542ページの大著である。アメリカ合衆国を中心として、日本や中国、インドも含む世界の銀行の歴史が詳細に記してある。銀行の歴史というと経済学の書籍であるように見えるが、いわゆる経済学の書というだけでなく、政治思想の書でもある。

 頻繁に紹介されるのが、リンカーン大統領「グリーンバック制度」である。南北戦争時の政府の財政収入を助けた法定紙幣である。これがきっかけとなって、リンカーンが金融勢力によって暗殺されたという都市伝説めいた話がささやかれるが、著者のエレン・ブラウンもまたそう語っている。
 著者はこれを模範として、政府が通貨の流通量を管理することを肯定的に繰り返す。ドイツのヒャルマール・シャハトの「レンテンマルク」や高橋是清の政府紙幣についても述べている。

 そして、その対立軸として幾度となく繰り返されるのが、中央銀行と市中銀行による信用創造によるアナーキーな通貨発行である。「信用創造」は高等教育の教科書においても記述されるようになってはいるが、まだ一般常識になっているとはいいがたい。
 その中で、著者が「信用創造」のからくりを逐一、具体的に様々な歴史の局面で行われてきたことを膨大な記述で説明している。特に、ブレトンウッズ体制の金本位制が終了した後は、金という現物の裏付けがなくなっており、著者はその後の紙幣の乱発状態について大いに憂いている。著者のこの熱心な説明が本書を通して普及が進むことを私は期待している。

 私は哲学カフェを富山で主催しているが、「お金とはなにか?」をテーマにしたことがある。その中で、信用創造についてはもちろんのこと、「お金とは負債である」という線で一定の合意を得ることができたのではと思っている。
 しかし、その負債がどこまで私たちの経済活動に網の目のように張り巡らされているかについての理解が追い付いているかは不明である。本書ではぐうの音が出ないくらいに網の目の著述がなされている。特に、「第Ⅲ部 負債による奴隷化」「第Ⅳ部 負債蜘蛛が米国を捕獲する」で詳述されている。

 銀行が負債を自己の利潤追求のために発行することができ、膨大な利子収入によって利益を得て、しかも通貨流通量について何の責任も負わない。それどころか、銀行は金融危機時は公的資金まで投入してもらえるという特権を享受していることが累々と説明されている。
 膨大な著述なのでお腹いっぱいになるかもしれないが、これほど丁寧に説明すれば、いかに銀行がアナーキーに負債を発行することが経済を不安定にしているかが伝わることであろう。日本ではバブル崩壊、アメリカ合衆国ではリーマン・ショックの経験があるが、その、断片的な経験を普遍的な理解につなげてくれる著述である。
 その一方で、銀行は儲かる対象にしか融資しないので、公共的に必要な事業には十分に通貨が流通しない。先進国において政府の負債が膨らむのは、その肩代わりをしているからである。特にデフレ脱却ができない日本において、その現象が顕著であるのは理の当然である。

 それでは、その負債の網の目から、私たちはいかにして脱出することができるのか。その見通しが「第Ⅵ部負債蜘蛛撃破ーー人民に奉仕する銀行制度」に書かれている。
 信用創造のからくりの分析までは経済学の仕事でもあるかもしれないが、そこからの脱却はまさに政治思想の仕事である。国家が通貨の流通を管理するというと、社会主義になるということではないかという疑問が沸くかもしれない。しかし、通貨は負債であるという前提は従来の資本主義も社会主義も共通している。
 通貨自体はとても便利なものである。特に、すべての個人に購買力を与え、それは個人の経済活動の自由につながる。だから、通貨を排するという社会主義的な極端な発想と、国家が通貨の流通を管理する発想は異なる。
 政府通貨による「ベーシックインカム=国民配当」が著者が提案する一つのソリューションである。政府が通貨の流通を管理することができれば、需要の総量を安定させるためにベーシックインカムをすべての国民に配当することができるのである。需要の安定が経済の安定につながるのは容易に想像されうるであろう。需要の安定が見込むことができれば事業者も雇用や投資を安定的に継続することもできる。
 著者はそれにとどまらず新たなブレトンウッズ体制にまで視野を広げているが、そこについては具体的に提言がなされているわけではない。これはむしろケインズがかつて唱えたバンコール制度の方が参考になるかもしれないし、著者が別の書籍で具体案を提言しているのかもしれない。「ベーシックインカム=国民配当」や政府通貨の問題の困難は、もちろん第一には銀行勢力との闘いにあるのだが、第二には国際的な協調を調整することにある。通貨の問題が経済学的な問題であると同時に政治思想の問題であると冒頭に述べたが、その理由はまさにこういう点にある。

 いわゆるMMT(Modern Monetary Theory)が流行の兆しを見せている昨今、「お金とはなにか?」の問いが私たちに突き付けられている。仮想通貨の登場もその問いを後押ししている。その問いについて、明快ではないが重厚な回答を試みているのが本書である。そうおすすめすることはできる。